キツネノオミヤゲ






俺は畳の座敷で飯を食っていた。
キヤアキヤアという華やかな嬌声がかすかに聞こえる他は静かだった。
それはそうだ、今この部屋には俺一人しかいない。
先刻までいた着物姿の舞妓さんたちは引き上げ、俺はちびりちびりと酒を飲んでいる。
お猪口に注いだ酒の水面に映り込んだ自分の無表情に気を取られていると、そんな俺の隙をつくように、音も気配もなく障子が開いた。
しんと振り積もる雪に包まれた中庭を、更にぐるりと囲む廊下が見える。
そこに、かしこまったように膝をついてこちらを伺う古泉の顔を見て、ほっとした。
こんな不慣れな場所に一人残されるのはいささか心もとない。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
「いや」
ちょっと見知った顔が戻ってきたからといってすぐ安堵に胸を許すのは、いささか簡単すぎやしないだろうか。
だが、こいつの笑顔に少し心ほだされたのも事実だ。
「貴方様にお土産を、と思いまして」
古泉は俺に云わせりゃうさんくさい笑顔のまま、傍らの廊下に目配せをする。
すると、古泉の姿が覗く障子の対、もう片方の障子がすっと開き、そこに顔を覗かせたのは先ほどの三人娘だった。あどけなさを残した三者三様の表情が覗いている。俺が飯を食う間、酌(しゃく)をしてくれたり、この屋敷に辿り着いた時に入り口で俺を出迎えてくれたりした娘達だ。
「ご存知の通り、ハルヒ、みくる、有希です」
俺は微かに頷く。
この三人が、それぞれ何か持っているのかなどと考えていると、古泉は首を振った。そしてとんでもないことを口ずさむ。
「この中から、好きな娘を連れて帰っていいですよ」
こういうことを云うからうさんくさく見えるのか、こういう台詞が似合ってしまうほど面がいいからそう見えるのかはわからないが、とにかく古泉は胡散臭かった。
この世の中で、こんなに対極な意味を感じ取れる相手なんて、こいつくらいじゃないんだろうか。
そう思えるくらい、古泉は爽やかで胡散臭かった。
俺は溜息をつく。
だってそうだろう。常識的に考えて、はいそうですか、とほいほいこんな土産を持ち帰るやつがどこにいる。いや、いるのかもしれないが、少なくとも俺はこういうタイプの土産は遠慮したい。とても魅力的ではあるんだが。
「そう仰らずに。いいことがありますよ」
暖簾に腕押し、とはこういうやつのことを云うんだろう。
古泉はやんわりとして、それでいて頑なに退かなかった。
俺は思案した挙句、目の前の「土産」と称された面々を見渡した。
見渡して、こっそり溜息をついた後、にっこり笑ってやる。
「……じゃあ、お前がいいな」
俺はそう云って相手の目を見つめた。





「それがこの、古泉だ」
「え〜!うっそだぁ」
「本当だとも」
俺は鹿爪らしい顔で云ってやる。
すると妹は俺と古泉の顔とを交互に見比べ、古泉の笑顔に目を留めたと思うと目を瞬かせた。
「ほんとにほんと?」
「ああ」
「…〜〜〜すっごーい!一樹君キツネだったの?」
「どうでしょうね」
古泉が、あのはぐらかすような肯定するような、どっちなんだよ!という胡散臭い笑顔で曖昧に頷く。
それでも妹はきらきらと目を輝かせていたのだから、俺とこいつの胡散臭い笑顔とどっちを信じるんだろうね、と少し寂しくなってしまうよ。
「それでキョン君、いいことはあったの?」
ああ、まあな。
あえて云ってはやらんがね。







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2007.07.13